110話 ジークアクスショックその後

 ジークアクスの再上映の二度目を観てきた。ジークアクス未履修の友人と一緒に行くためだ。アニメの12話を視聴後に最初から一通り見直したかったのもある。2度目も面白かった。特にアニメと比較した劇場版の好きなところ。

!!!以下、アニメ版含むジークアクスのネタバレを含みます!!!

  • 開始冒頭の宇宙が、劇場で流れると音と光とで完全に宇宙になるところ。家には当然ホームシアターなんぞはないので、どうしても明るい中見ることになる。真っ暗で点々の星の光だけが流れる中、突然ぬぅと現れるザクの単眼がいい。ちょっとびっくりしたくらい。静寂の中の機械の脈動音も。
  • アニメ2話→1話という構成。自分は水星の魔女だけ観ていたミリしらなのでアニメから観てよかったと思う。0079あたりの話はわからない単語が多かった…。アニメは初心者に、劇場版はわざわざ来てくれる往年のファンに親切な作り。これでまんまとファーストの劇場版を観始めました。おもしろ…。
  • 劇中歌の入り方。やっぱりplazmaの入り方はズルい…!起き上がるジークアクスの鼓動とビートがシンクロするの気持ち良すぎる。
ちなみに自分は普段アニメをリアタイしない。1週間待つのがしんどいので全部終わってから一気に見る。ただ今回はあまりにも面白かったので我慢できずリアタイで見てしまった。終盤TL上でやいのやいの各々勝手言いながら観るのは楽しかった。たまにはこういうのもいい。
で、12話観てからの本題。シャリア・ブルの一挙手一投足を観ていた。うーん、やっぱり
基本的には違和感がない。やっぱりなあ…とひとりごちていた。
最終話を観た直後はだいぶ荒れていた。シャアとシャリアの再会を楽しみにしていた者として、受けたショックは相当なものだった。初めてTwitterのボイス会話しているやつ(書いてて我ながら古の者すぎる)でシャアシャリの民が集っているところにROM専だが入った。一人でこの傷を抱えるのが辛かった。他者の嘆きを聞けたことでなんとかこの混乱は一人のものではないのだ、と落ち着くことができた。その後、TL上の色々な含蓄ある(もしくは冷静な)見識を血走った目で見漁り、夜中3時ごろにはようやく「これでよかったのかもしれない」「やっぱりガンダムってすごいや」と眠りにつくことができた。なんなら別の味がし始めていた。しばらくはアニメ版を見返しつつこれをしがんでいくつもりである。
↓それはそれとして視聴直後に絞り出したコレも自分自身の感想として否定はできない。

錯乱中

自分は如何せんファースト〜逆シャアの知識に乏しいため、あの時点でのシャアを野放しにした結果の未来の荒れ具合を想像できていない。そのためのギャップ、視聴当初の受け入れられなさだったのだと今となっては思う。ただ、シャリア・ブルが善き人へと導いていけるようにも思っていたので、そんな即諦めます!?という気持ちにもなった。自己評価低くないかとも。良き友、良き父になってそうだったじゃん…!
でもよく考えたら2人がMAVで戦場にいたのって本当に短い期間なんだなあ。しかも別に何かを教える立場でも先導する立場でもないし。上司と部下の部下側だし。これはもうこっちが勝手に盛り上がって妄想していたことのツケが回ってきただけの話なのかもしれない。勿論盛り上がっていいけど、それはそれとして公式は公式なので。「なんでその短い期間の出会いで5年間激重じっとり感情抱えてるの」の答えが「別に抱えていなかった」というだけの話だ。
その上で、やっと互いに隠し事がなくなったその上で、改めて友人になって欲しい。対等に話せて、考えを伝えられて、なんなら対等に死合える、そんな存在なかなかいないものだから。
最終話直前、シャリア・ブルは死にそうだなあと思っていた。運命収束的に、もしキシリアを手にかけたら自身もまた運命に引き寄せてしまいそうだなと。そしてそれも別に悪くないと思ってもいた。死ぬよりも酷い生き残り方をすることもある(主に演出的な意味で)。しかし実際生き残った彼を見、お互いに生き残った元MAVを見て、この先の可能性が残されたというのは幸せなことなのだなあと今更ながら思った。お友達からまた始めましょう。

コメント

このブログの人気の投稿

1日目

30日目

14日目