98日目 見習う(創話)
昔からファッションというものが苦手だった。下手と言ってもいい。
着られれば良くて、自分に似合うもの似合わないものがよくわからなかった。ましてや自分の着たい服など。中学校くらいからか意識はし始めたものの、なかなか服選びをどうすればいいのかわからなかった。友達の見よう見まねをするが、どうにもしっくりこない。
高校にあがったくらいの頃だっただろうか。毎朝の登校時に同じ人を見かけるようになった。自分より歳上そうで、私服を着ている、たぶん大学生くらいの人。
後ろ姿しか見たことはなかったが、通学路のちょっと先を歩く姿を毎朝見かけるし、なによりその人の着ている服を見た時、あ、あの服好きだな、と思ったので記憶に残った。しかもそれが毎日。靴や鞄など小物の合わせ方もとても好みで、追いついて買った店を聞きたかったほどだ。不審者すぎるのでやめたけど。
家に帰って色々調べるようになった。服の種類や柄の名前を知った。友達と買い物に行き、検索しておいた服を探して、おこづかいが許せばそれを買った。鏡の前に立つのが楽しくなった。外に出てショーウィンドウに映る自分を眺めるのが好きになった。朝の人は相変わらず自分の前にいて、色の組み合わせ方などを大いに参考にさせてもらった。
高校を卒業し大学に入った。制服がなくなって毎日私服になったが、その頃にはもうすっかり、毎日何を着るか考えるのが楽しくなっていた。朝の人は会社に勤め始めたのか、フォーマルな格好が増えたが、それでも自分の好きなものが選ばれていると感じた。デザインは落ち着いているけれど、色は明るめでかわいい。自分がどんな仕事につくかはまだわからないが、もしオフィスカジュアルが必要になったらああいうものを探そう、と頭の片隅に置いた。そしてそれは数年後叶えられた。
社会に出て、見る人もTPOも増え、以前よりも自由に買い物する機会が増えても、もうすっかり困ることはなかった。数多くの選択肢の中から好きなものを選べるようになっていたのだ。嬉しかった。朝のあの人のおかげで力がついていた。目が養われ、選び取る力が鍛えられた。仕事の忙しさに紛れたのか、いつの間にかあの人を毎朝見かけることはなくなっていた。それでももう、自分は大丈夫だ。迷うことはない。
ある朝、背後から視線を感じた。角を曲がりがてらさりげなく振り返ると、視界の端にちらっとだがこちらを見る女性の姿が見えた。なんだか似たような色合いの服を着ていたような…。そこまで考えてくすぐったい気持ちになった。あの人も自分と同じで、道ゆく人のファッションをお手本にしている人なのかもしれない。いつしか自分が見習われる側になっていたなんて。気づけば少しだけ背筋を伸ばしていた。それ以来、毎朝の曲がり角でそっと後ろを覗き見るようになった。なるべく目を合わせないように、気づかれないように。
その人の服装はまさしく自分の好みだった。いや、それどころか、昔あんな服を持っていた気がする。そうだ、確かに着ていた。あの鞄とあの靴下の色を合わせるのがポイントだった。ちょうどあんな橙色だった。あの靴のかかとのところ、ちょっとだけ入った模様がアクセントで。よく見ればそう、髪型もあんな感じにしていたっけ、背丈も、顔も……
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